2016年04月24日

文豪バルザックが登場する夢

。2016年4月17日 (日)

ごく普通の夢で、わたしは第三者的立場で夢を傍観していた。
全体がノスタルジックなベージュの感じ。
夜の広いカフェのように見えるそこはバルザックの仕事場兼学習塾(?)。
幅のある楕円形のカウンターがあって、カウンターにはチーズや飲み物が置かれているようでもある(はっきりしない)。ワンルームのようになったこちらやあちらの暗がりは別の部屋のようになっている。
写真で見るような風貌のバルザックはカウンターの向こう側にいて、気さくな優しい態度で数人の子どもたちの学習を見てやっている。

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Balzac en 1842 sur un daguerréotype de Louis-Auguste Bisson : ≪ Je suis ébaubi de la perfection avec laquelle agit la lumière343.≫
Photographer: Louis-Auguste Bisson (1814–1876)
From Wikimedia Commons, the free media repository

宿題は創作で、子どもたちは日記帳のような学習帳に短い小説を書いていっている。
夢の中でひとりの子どもがクローズアップされた。
小学3年生くらいの子どもで、白っぽい金髪をしている。学習帳に目を近づけて一生懸命に何か書きつけているその子の小説に興味を持ったバルザックが、どんな小説なのか見ている。
その子の素養や生活環境をバルザックは熟知しているようで、学習帳を見るのも初めてではなさそうだ。
挿絵なのか、悪戯書きなのか、学習帳には子どもっぽいイラストがある。
その子の最近の小説には見どころがあるようで、バルザックは新鮮さを覚えたように読んでいる。バルザックが感興をそそられたのは一つ前に書きつけられた小説であるようだ。
バルザックはその子の恵まれない境遇に涙する。優しい、温かな、その子を思った涙だ。
タグ:バルザック
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2015年10月22日

工場から立ち昇っている何本もの壮大な純白の煙。きのこが箱にぎっしり。甕に葡萄酒。

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9日に見た夢
  1. バスで団体旅行。全部が一人掛けの椅子。わたしは左側の真ん中辺りの椅子に座り、窓の外を見ている。前後には女性が座っている。ちょうど工場地帯を通るところで(神戸?)、青空に向かって工場から立ち昇る純白の煙が途中から雲になって、天高く延びている。白い雲の柱が何本も立ってるかのように壮麗で美しい。わたしはすっかり感心し、見とれている。前の席の比較的若い女性が、左側に座った人に抱かれた赤ん坊の丸々とした足を見ながら(白い靴下を履いている)、「ミルクやってくるのを忘れた……」とつぶやく。
  2. 木箱いっぱいに綺麗な薄茶色のきのこがぎっしり入っている。
  3. 大甕に葡萄酒がなみなみと湛えられている。
posted by マダムN at 09:51| 大分 | Comment(0) | TrackBack(0) | 夢日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月21日

牛、バチカンの宝物、ウン*、芽の夢

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19日に、薄茶色の牛が白い空間にどっしりと座っているのを見た。
同じ日に、バチカンの宝物(宝箱からこぼれて銀色の板とか古文書、装飾品がある)の夢を見た。

その1週間くらい前に、大量のウン*をして、「こんなに出したなんて」と驚いている夢を見た。

今日は一面に緑色の芽が出ている夢。※現実の出来事として、貝割れ大根を(夫が)育て始めた。
posted by マダムN at 11:40| 大分 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月13日

巨大なイルカの夢

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窮地に陥った人々。海に巨大なイルカが現れて彼らを救う。イルカは左から右へ、すばらしくダイナミックにジャンプする。
わたしは窮地に陥った人々の中にいるようでもあり、イルカに乗っているようでもある。
タグ:イルカ
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2015年07月22日

夫のおじいさん(義祖父)の夢

夢の中で、わたしが義祖父を発見する。
義祖父はずいぶん長い間、部屋の隅で寝ていたらしい。まるでミイラになったみたいに。
誰もそれに気づかず、義父母なんかは薄情にも死んだことにしてしまって、しかも、親を亡くしたことすら忘れ、思い出しもしなかったようだ。
しかし、発見者のわたしも、自分の見つけた老人が、夫の父方のおじいさんなのか、母方のおじいさんなのか、区別がなく、ただ、おじいさんだと思っていた。正体がわかるまでは、怖かった。
夫と喧嘩して、義祖父の背中の後ろに隠れ、義祖父に甘えたりする。
「おじいさんがもっと早く目を覚ましてくれていたら、わたしは婚家でいじめられることも、夫と喧嘩することもなかったのに。おじいさん、おじいさん、大好き……」と、わたしは夢の中で、おじいさんにそういったようでもあり、思っていただけのようでもあった。
どうして、長くあんなところで眠っていたのだろう、とわたしは不思議だった。わたしの知らない親戚の人々――現実に会ったことのある夫の親戚の人々とは異なる、知らない人々――がいて、皆で何となく御祝いをしようとしていた。
わたしはただ、おじいさんの優しい雰囲気にうっとりとし、甘えていた。

目覚めてからの感想:
夢であろうとなかろうと、あんなに優しい人をわたしはこれまで知らなかった。
義祖父を写真で観て、義祖父が夫にも夫のおとうさん(舅)にも似ていないと思っていたのだが、夢で会った義祖父には舅を想わせるところと、夫を想わせるところがあり、自然の造形の妙に打たれた。

posted by マダムN at 18:05| 大分 ☔| 夢日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月27日

白馬、巨人の女が出てくる夢。


夢日記はプライベートなノートに書くようになったが、公開しても差し支えのない、印象的な夢の場合、ここに書いておきたい。
馬が好きなせいか、創作に重きのある暮らしの中で見るわたしの夢の中では、しばしば馬が作品をシンボライズしているようだ。

今年になってから、金色を帯びたすばらしい巻き毛の馬の片脚が捻られ、折られる夢を見た。作品の挫折とか、賞に応募して落選するとかといったことを暗示しているのだろうか? こんな夢も見た。

道の向かい側にあるファッションビルから百貨店に向かって、横断歩道を一頭の若い、美しい白馬がこちらにやってくる。宝石をさりげなくあしらった銀色の王冠に似た、頭から鼻にかかるアクセサリーをつけている(斜め上から見下ろしている図)。

珍しいところでは、巨人の女が出てくる夢を見た。

連続して立つ朱色の鳥居を奥の方からこちらに向かって、巨人のように大きい、しかし美しい女性が金襴緞子の帯に角隠し姿で、介添人に付き添われてやってくる(斜め上から見下ろしている図)。

同じ時期に見た夢で、対象を斜め上から客観的に見下ろしているところが共通している。
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タグ: 巨人
posted by マダムN at 04:22| 大分 ☁| Comment(0) | 夢日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月10日

撓わなバナナの木。蛇。

夢に出てくる物が何かをシンボライズしていることは多いが、極めて即物的に出てくる場合もわたしの夢では多い。
例えば、昨年2013年12月10日に以下のような夢を見た。

撓わなバナナの木があちこちにある。バナナ御殿という感じの室内に夫が嬉しそうな顔でいて、バナナを見上げている。

大量のバナナと夫の組み合わせという夢が何を意味しているのか、夢を見た時点ではさっぱりわからなかった。が、今はなるほどと思う。今年になってから――4月だったろうか――夫がたまたま朝食のトーストにスライスしたバナナをのせて食べてみたところ、それが気に入り、今ではすっかりバナナ好きになったのだ。

夢を見てから数ヶ月、それも半年くらいして夢の内容が現実化することが多い。何年も経ってから、夢の先見の明に驚かされたこともあった。反面、すぐに出てくることも多いけれど。すぐに出てきた一例としては、つい最近。

9月1日に茶色地に黒い縞模様のある大蛇の夢を見た。胴体が見えただけで、一瞬の映像にすぎなかったが、ひじょうに生々しかった。わたしの夢では蛇は健康情報を伝えてくれることが多いので、5日に控えていた血液検査の結果が気になった。案の定、血糖値が悪かった。夢を見る前までは体調もよく、そんな不安は抱いていなかった。むしろすごくよくなっていると過信していた。

方針を変え、ここへは興味深い夢を見たときだけ記録することにしたのだが(プライベートな夢日記を別につけている)、馬好きのわたしは馬の夢を見ると、嬉しい。馬車を操っている青年の夢を見たのだが、馬が地面を蹴るときの振動や音が本当に生々しく感じられた。勿論、馬車に乗ったことなんてない。以下のような夢。

スマートな大都会に、何かの用事で出てきた青年。青年は貴族に見える。ベージュのコートを着て、スタイリッシュに身なりを整えている。銀行に用事があったのだろうか。口髭を蓄えた、英国紳士風の父親の顔が青年の頭の中でちらついているところからすると、父親に命じられた用事を済ませたところなのかもしれない。
青年は郊外にある広大な敷地に建つ自宅である城に帰るために、車に混じって苦もなく馬車を走らせる。「現代であっても、乗り物はやっぱり馬車が一番だな!」と、青年は思う。馬車は二頭立てで、御者がいるが、青年はもう一つある御者席(?)に座って、馬たちを主体的に操っている。二頭ともすばらしい馬で、馬が車道をリズミカルに蹴る動きが体に快く伝わり、その音が耳にドラムの音のように美しく響く。天気はちょうどよいくらいに晴れている。
ビルが建ち並ぶ通りの運河が見えてきた辺りで、馬車につける準備をした馬がいきなり出てくる。赤い道具(郵便箱のように見えるもの)を胸の辺りにつけている。「あれはうちの馬じゃないか。あれも馬車につないであげなくては……」と青年は思い、そのようにする。
タグ: バナナ
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2014年06月26日

バルザックの**水の夢

 博多の天神辺りのイメージ。焦げ茶色と白を配した洒落たビルの前にいる。ビルは公共施設のようにも、オフィスビルのように見える。

 その前の道路にいるのだが、遠くのほうから大規模に掘り起こされて、水道管だか下水管だかを通す工事中。

 わたしはその掘り起こされた穴の前にいて、巨大なホースのようにも管のようにも見えるものを両手で握っている。

 
 そこからは「バルザック糞尿水」がそろそろ噴き出してくるはずで、それを待っているのだった。それが一般家庭に普及すれば、どんなにすばらしいだろうと思っている。成功するだろうか?

 側に知らないが、感じのよい女性や他にも工事関係者がいて、待機している。待ちに待ったバルザック糞尿水が噴き出してきた。それは想像以上の威力があって、管から迸り、うまく持っていられなくて、管が上向きになると、空高く噴き上がる。

 糞尿水なので、黄色いが、とても綺麗な澄んだ黄色で、それが噴水の飛沫のように体にかかるが、わたしは困りながらも感激している。飛沫が口に入ってしまう。

 という珍妙な夢。糞尿というとちょっとアレだが、夢占いでは状況にもよるけれど、富を象徴したりもする。水も、才能や幸運を表すことがある。

 その組み合わせたものが全家庭に行き渡るというのだ。バルザックはわたしにとっては文学の象徴だから、文学の豊かさがすさんだ日本の家庭を隅々まで潤してくれたらどんなにすばらしいだろう……という願望だろうか。

 それにしても、糞尿は糞尿という自覚(?)が夢の中のわたしにもあるらしく、バルザック糞尿水の通る管が水道管だか下水管だかわからないという戸惑いのある夢の設定に、笑ってしまった。
posted by マダムN at 04:37| 大分 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月13日

更新が減った理由

 夢日記は、ある意味で書きたいことを気ままに書いているかのように見える(でしょうね)わたしの基幹ブログより、プライベートな内面を無防備に表白しているように思えて、最近では自分のノートに綴ることのほうが多くなりました。

 以前から人目に晒したくない気がする夢はノートに綴っていましたが、その頻度が増えました。

 でも、これは面白い夢だなと感じた夢などは、今後もここに書きたいと思います。夢って、本当に興味深い現象ですね。
タグ:夢について
posted by マダムN at 18:25| 大分 ☀| 夢日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月06日

老人の死と雑巾。形見の雑誌2冊、号泣。

 数日前に見た夢。
●権威のある老人が倒れて亡くなったらしい。物凄い分泌物が飛散して、廊下を汚しているので、わたしは掃除を手伝う。民家のような、公共施設のような建物の中にいる。

 昼下がりの仮眠時に見た夢
●知り合いの文学部の老教授が亡くなる(現実には何年も前の出来事。上記夢に出て来る見知らぬ老人とは別人)。わたしはバンガロー風のカフェにいて、わたしに宛てられたという形見となってしまった2冊の雑誌を渡され(渡したのは感じのよい女性だった気がするが、はっきりしない)、それを見る。詩を中心に編集された格調高い専門誌で、表紙はどことなくパウル・クレーの絵を想わせる。ワンポイント的に置かれた顔のイラストは太陽の塔の顔に似ている。色合いが大変シックで美しくて、1冊はほのかに煌めく焦げ茶色に薔薇色の線があしらわれている。もう1冊は同じデザインだが、薔薇色の部分がパステルブルーになっている。
 先生はわたしとその雑誌について素朴に語り合いたいと思っていらしたという。それを聴き、感動のあまり号泣する(目覚めたとき、本当に泣いていた)。
タグ:雑誌 形見
posted by マダムN at 16:45| 大分 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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